2017年5月6日土曜日

人工知能とクリエイティビティ

機械が人間の行為を代替する。そんな話題が喧しい昨今。

人間が絵を描くということ、総じて創造的な作品制作の過程、それをコンピュータ/人工知能が完全に再現できるものなのか?

このような命題があるとして、それに対しての答えのようなものがあるとしたら、おそらく「技術的には可能で、人にはできない可能性も秘めているかもしれない」が、それを生み出す根本的な「ものの見方・感性・センス」と言われるものが欠落している場合、本当の意味での再現は不可能ということになると思う。


先ごろ、たまたま「終わらない人、宮崎駿」というNHKのドキュメンタリーを見た。2016年10月ごろまでの宮崎駿の動向を伝えるもので、非常に興味深い内容だった。

この番組の中で、スタジオジブリのプロデューサー見習いという肩書きで、ドワンゴ会長の川上さんという方が出てきて、「実験」と称し、コンピュータが人と同じように絵を描くことを目的とした映像を、宮崎監督に見せる場面があった。

その映像とは、コンピュータが四肢のない人間を動かす時、頭を起点にした奇抜で面白いゾンビのような動かし方をする、とったもので、いわゆる「バイオハザード」の映画に出てくる類の、グロテスクな映像であった。

それを見た宮崎監督のコメント「私は身体障害をもつ友人がいるが、ハイタッチをするのも大変、その友人を思うと不愉快極まりない映像だ。これは生命に対する冒涜ですよ」というものだった。

テレビ番組は事実を部分的に切り取ったもので、このシーンも5分程度のものだったので、はっきりとした批判はできないが、ジブリの将来が非常に危惧された。

この川上さんという人は、先見性があり、お金や人を動かすことが上手で、その会社も技術的に優れた人の集まりなのだと思うが、実験映像を見る限りは、そもそも「ものの見方・感性・センス」といった、絵を描く際に必要な、根本的な機能が欠落しているのだと感じた。

絵を描くことにかかわらず、本当の美術的/芸術的なクリエイティビティとは、機械がプログラミングで乗り越えられるような「技術」ではなく、その根本にある「感性」なのだと私は思う。

さらに「感性」を支えるのは、その人の人生で培った「ものの見方」である。昔読んだ宮崎監督の本で「ものの見方こそ大事」と言っていた意味が、よくわかる。

数量化できない感性やセンスといったものは、その評価も難しいが、ゾンビの動き一つにしてもそれが「無機的なもの」か、創造性に基づいて人が工夫を凝らした「有機的なもの」かで、見え方は全然変わってくると思う。